「モノ」を持つことについて考えました

前回錫グラスの型取りに失敗して一段落ついてからかなり時間が経ちましたが、未だに進展はありません。
そうこうしているうちに金沢へ旅行に行った母親から錫のグラスをお土産で頂きました。よく知らないのですがどうやら名産品らしいです。
思いがけず錫グラスは手に入ってしまいましたが、道具も買ってるし、全く手を付けてない錫1kgもあるので、いい頃合いに制作も再開しようかなと思っています。

錫グラスもそうなのですが、
最近日用品や衣類を買おうと思ったときに、
奮発してちょっと良さめのものを買って大事に使う、
という選択肢を考えることが増えてきました。
単純に社会人になり給料が増えた事や、マツコの知らない世界の影響もあると思いますが(むしろそれらが大部分かもしれませんが)、
自分の生活を形作る為なのかもなと考えました。

そういった考えになったのは、
ここ最近で「ものを持つ/手に入れる」ことについての意味に触れた本や記事を読んだからです。
まだまだ自分の中で消化しきれてないのですが、忘れてしまわないうちに文字で残しておこうと思います。

今回読んだのは、
小川さやかさんの”「その日暮らし」の人類学”
メレ山メレ子さんの”メメントモリ・ジャーニー”
それとwebマガジンのFASHIONZINの”バーキンをジュース感覚で買うな! ~エルメスとの正しい接し方~“という記事です。
それぞれ異なる立場からのものを持つことについて書かれています。

“「その日暮らし」の人類学”では
自給自足の少数民族や、賃金が保証されているサラリーマンの様な働き方ができず収入の安定しない露天商などの零細商人の人々の生活をについて書かれています。住む地域も文化も違う彼らの共通点は、この本のキーワードである「Living for Today(その日暮し)」です。

この本の中でアフリカ、タンザニアの人々の買い物行動につい書かれている箇所があります。
そこでは彼らが買い物をする時の動機を「必要性」と「偶発性」のふたつで説明しています。
必要性はそのまま「必要になったから買う」ということですが彼らは「いつか必要になるだろうから」という事では買いません。彼らは「雨が降るかもしれない」からではなく「雨が降ってきたから」傘を買います。ふたつ目の偶発性はいわゆる一目惚れです。
一見矛盾するふたつの動機ですがどちらも「”その時”必要/欲しいものをその時買う」という点で共通しています。
本の中ではタンザニアで露天商などを営んでいる彼らの収入はその日その日でまちまちで、そういった環境では目の前の生活が最優先で「いつ来るか分からない未来の出来事」のために貯蓄したり、欲しいものためにコツコツお金を積み立てるといった余裕がないからと説明されています。
ただ、日本でしか働いたことのない僕はそういった不安定な収入だからこそ、稼ぎの少ない日のために稼ぎの多い日に少しずつ貯蓄する、とはならないのかな?とも考えてしまいました。(僕の知識はほとんどこの本のみなので、実際にはそういった貯蓄のやりくりがあるかもしれないし、そもそもの生活や収入の違いやもっと別の理由で貯蓄ができないのかもしれませんが。)

結論としては同じになってしまうのですが、もう一つ彼らの買い物行動の特徴がよくわかる話が載っていました。
タンザニアでは中国で生産された安いが質の悪い模造品が出回っているそうです。そして彼らはそれが模造品だと知りつつ購入します。
それは、それが必要/欲しいその時に買えるのが模造品だから。正規品、あるいは正規品の中古は彼らが買おうと思った時にパッと払える額では手に入らないのです。
靴が壊れてしまったときは、今の手持ちでは買えないが質もいいしデザインもかっこいい NIKE のスニーカーよりも、質が悪くすぐにまた壊れるかもしれないしデザインもパッとしないが今の手持ちで手に入る NJKE のスニーカーが選ばれます。仮にその時彼らに NIKE を買うだけの手持ちがあれば彼らは NIKE を買うのではないでしょうか。

2冊目の”メメントモリ・ジャーニー”はタイトルの通り「旅と死」をテーマにしたエッセイ集のような本でした。
それぞれ独立した死を少しだけ身近に考えさせられたり、させられなかったりする話の中で、ガーナの装飾棺桶の話とマンションの話は他の話よりも少し違った書かれ方をしていました。それぞれ著者が棺桶とマンションを手に入れるまでの過程を描いています。
著者自身がまえがきで書いているように、このふたつのお話はこの本の中のサブテーマのひとつとなっているようです。

この本を最初に読んだ時はふたつの話も含めて、読みやすくておもしろいエッセイだな~程度の感想だったのですが、後に上の”「その日暮らし」の人類学”を読んで2冊の中での持ち物に求めるものの違いが気になりました。
”メメントモリ・ジャーニー”ではクラウドファンディングで資金を集め、自らガーナの棺桶工房まで行き制作に立ち会い装飾棺桶を手に入れています。マンションの方も物件を探し、リノベーションを施し、DIYで本棚を作って理想的な部屋を作っています。
ここでは”「その日暮らし」の人類学”で紹介されている必要/欲しい時にすぐ買えるものその時に買う、という即時的な手に入れ方ではなく、
手に入れたいものを定め、それを手に入れるために計画し、行動し、資金をやりくりして手に入れています。
そうやって通常よりも苦労したり高価だったりと、多めの代償を支払って手に入れたものはその分機能性やデザイン性ももちろんですが、思い入れや何かを思い出すためのフックなどのそのもの自体に備わっている役割以外のお精神的な役割がついてくるようです。
本の中でもマンションや棺桶に、そこに存在して目に入るだけで自分の人生に影響を与えてくれるお守り的な効果を期待している場面が度々登場する。
棺桶やマンションといった人生の中で最大級の買い物と、服や日用品を比べても買い手の気持ちや慎重さ、手に入れるまでのプロセスが違うのは当然ですが、この2冊を読んでものを手に入れる際のスタンスの差をきちんと知識として得られましたし、同時に最近の自分は普通よりもプロセスを踏んだちょっと思い入れのあるものを周りに置きたいのかな、とも考えました。

最後のFASHIONZINの”バーキンをジュース感覚で買うな!”には、エルメスのバーキンを持つ人はバックだけではなく他のファッションやスタイル、更には生活スタイルや友人関係、佇まいまでふさわしくなくてはならない。
その為にはエルメスは他人に買ってもらったり、他を切り詰めて無理してでも買うものではなく、それらのエルメスにふさわしい生活をして初めて手に入れるべきもの。
エルメスは単なる「モノ」ではなく、暮らしのステージの象徴だとこの記事には書かれています。

この記事で主張していることは、”メメントモリ・ジャーニー”での棺桶、マンションのお守り的な役割と、手に入れる順番は逆ですが、通じていると感じました。
どちらも自分の身の回りのものに、自分や自分の生活のこれから向かうべき方向を示す指標の様な意味合いを見出しているように感じます。
最初の方でも書きましたが、僕は最近日用品や服を買うなら高くてもちょっと良さ目のものを選びたい気持ちが強いです。それは自分の向かうべき方向を意識してとかでは全然ないのですが、それでも少なからずは持っているものに生活は引っ張られるのだとも思います。
意識しすぎるのも良くない気もしますが、自分の今の生活、なりたい生活を考えながら、自分にあったものを選んでみるのもいいのかもしれません。

バーキンをジュース感覚で買うな! ~エルメスとの正しい接し方~ http://fashionzine.jp/hermes-for-juice-sense/